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私はきょうだい児。知的障害の兄


私自身が産まれたときから身近にあった問題で、

このことを家族以外に打ち明けたのは

今まで30年近く生きてきた中でも

仲の良かった信頼できる友人3人くらいしかいません。

 

 

その悩みは、実の兄のことです。

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私の2つ年上の兄は未熟児で産まれ、

知的障害を持っています。

 

 

3歳児ほどの知能しかなく、

身体は成長し歳をとっても、

精神状態は保育園児レベルでした。

 

 

例えきょうだいに障害があったとしても、

手を取り合って助け合い、

仲良く強く生きられる人が居るのも事実です。

 

 

ですが、私はそこまで強い人間ではありませんでした。

 

兄は今でもNHKの幼児向け番組を見ます。

 

 

我が家のリビングでは30年間以上ずっと、

夕方4時になると「おかあさんといっしょ」などの教育番組がかかり、

週末の休みや夏休みなどの長期休暇では

朝から晩まで延々と「ちびまる子ちゃん」がかかっていました。

 

 

DVDがかからなかったり、

気に入らないことがあったりすると、

ドンドンと床を叩いたり絶叫したりして、

もう誰にも止められなくなることもあります。

 

 

頭脳は子供でも、身体は大人の男性なので、

正直すごいパワーなのです。

 

 

ある時には私の持ち物を欲しがり、

地団駄を踏んだことも数えきれない程ありますが、

その度に母親は私のおもちゃを私から没取し、

兄に与えてなだめるのでした。

 

 

なんでお兄ちゃんなのに我慢しないの?

妹のものを取って、何も思わないの?

兄も母も理不尽そのものにしか思えず、

いつも自分だけが我慢して兄にありとあらゆるものを譲らされました。

 

 

私の母は、私の義務教育9年間のうち

運動会を見にきたことが一度たりともありません。

 

 

毎年、兄が通う養護学校の運動会と重なるからです。

 

 

普通の小学校の運動会と違い、

親が参加して成り立つ競技が多いから、

お兄ちゃんの方に行かなくてはいけないと

親から説明されました。

 

 

それならば、母でなくても、

父が行ったっていいじゃないか。

 

 

と言っても聞き入れられる事はなく、

私の方はいつも父と祖母ばかりで、

母親を取られたような気分にさえなっていました。

 

「きょうだい児」という言葉をご存知でしょうか。

 

 

障害者や病気の血の繋がった兄弟姉妹のことを言います。

 

 

どうしても障害を持ったきょうだいの方が手がかかることが多いぶん、

きょうだい児は1人で過ごしたり祖父母と過ごしたりと

寂しい思いを強いられることが多く、

また、結婚や介護などで様々な問題と直面することもあり、

悩んでいるきょうだい児は日本だけでも何万人といるそうです。

 

 

私はこの、きょうだい児という言葉を知ってから、

気持ちが少しだけ楽になりました。

 

 

 

今まで妹であるにも関わらず兄のことで我慢しなければならず、

知らず知らずのうちに強がっていた自分が居ました。

 

 

この言葉に出会ってから、私だって本当は弱い、

寂しい、辛いんだということを肯定できるようになれたと思います。

 

 

幸い、理解ある彼に出会うことができ、

結婚できました。

 

 

母が兄を守ってきたのと同じように、

私も私の家庭を守らなくてはいけない。

 

 

彼に兄のことで迷惑かけたくない。

 

 

彼にまで辛い思いはさせられない。

 

 

と思うようになり、私は地元を離れました。

 

 

結婚式には、兄は呼びませんでした。

 

 

私の式の最中に、

母が兄の世話で気を取られるのが嫌だったからです。

 

 

生きてきた中で1番、

親子として向き合えた日でした。

 

 

今まで苦しんできた分、

これからは自分の為に生きて生きたいと強く思いました。

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